終戦を目前にして、無念の戦病死を遂げた兄。。。
亡き長男の後を継ぎ、激動の戦後社会を女手1つで生き抜き、家系と家族を守り通した気丈夫な妹。
23年前、家族を連れて、戦病死した兄に初めて会いに来た。
そして、80歳を超えた今、何としても兄と家族の無念を晴らすため、再びトラック島を訪れた。
天皇家、徳川家にまつわる由緒ある神社の宮司さん、巫女さんを招いて、兄のゆかりの地・春島水上基地跡で神聖な祭事が催された。
準備から祭典まで3時間以上にもに及ぶ本格的な祭事である。
長年トラック島で慰霊祭にたずさわってきた私にとっても、初めて目にする光景であった。
供養が終わった後の2日間は、航空工廠に勤務していた兄の足跡をたどり、かつての飛行場を巡り、
子供や孫たちは沈んだ日本の飛行機をダイビングする。
ゼロ戦の基地だった竹島飛行場周辺に今も沈んでいる、爆撃機、飛行艇、富士川丸の船倉に横たわるゼロ戦などなど。。。
子供や孫たちは沈んだ日本の飛行機をダイビングする。
ゼロ戦の基地だった竹島飛行場周辺に今も沈んでいる、爆撃機、飛行艇、富士川丸の船倉に横たわるゼロ戦などなど。。。
兄がたずさわったであろう飛行機たちの姿に、若き日の兄の面影が去来する。
夏島から春島に移動するときに負傷したと、戦友に聞かされた艦隊錨地で、最後のお別れ。。。
夏島から春島に移動するときに負傷したと、戦友に聞かされた艦隊錨地で、最後のお別れ。。。
お兄さん、、、安らかに、、、
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