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明日からのお客様に備えて車を洗っていると、『電話だよ!』と呼ばれた。
現地の船舶代理店からだった。
『スエナガ! 日本の漁船が緊急入港した。すぐ港に来て欲しい。』
着替えもそこそこに、洗いかけの車をすっ飛ばして港に向かった。

頭の中には過去のいろんな状況や、最悪の状況などがぐるぐると巡っている。
半年ほど前、やはり日本の漁船が緊急入港した事があった。
入港した時、患者の船員にはすでに意識はなく危篤状態であった。
あとで判った事だが、脳梗塞で一刻を争う状態であった。
すぐさまチュークの病院に運び応急処置を施し、日本から親族を呼び寄せ、数日後に飛行機で日本に搬送した。しかし、その甲斐なく日本に到着したとたんに死亡した。

今度は何があったんだろう・・・。
ランプを点滅し、クラクションを鳴らし続け、次々に先行車を追い越して行く。
前方に港が見えてきた。
すぐ前を走っているパトカーを追い越したとき、パトカーがすぐに追いかけてきた。
『ヤバイ!』と思ったが、頭の中は ”一刻も早く港に到着しなければ・・・”という気持ちが渦巻いていた。
波止場のゲート番に怒鳴るように緊急事態を告げて、漁船の横に車を乗り付けた。
後を追いかけて来たパトカーがすぐ横にとまった。
無視して、岸壁にいた船員達に声をかけ、船長や漁労長への面会を告げる。

どうも様子がおかしい。
なんとなく緊迫感が無く、みんなとてもリラックスしている。
漁労長が出てきて、電話を受けた旨を伝える。
『末永さんですか? お久しぶりです!』
と、これもまたニコニコ笑ってのんびりとしてる。
様子を聞くと、すでに患者は病院に送り、2日後のフライトで日本に帰す手はずになっているという。
ちょっとした腫れ物で、大したことはないとも言う。

なんと、私を呼んだのは、30年ぶりの再会をするためだった。
船が1時間後に出港する為に時間がなく、現地代理店に私を捜させ緊急で呼ばせたというのだ。
ポリスがこちらを睨みつけて見つめている。
いかめしい顔をしてて、盛んに本部に何かを報告している。
何とかごまかさなくてはいけない。

『私は現地代理店から緊急の要請を受けて飛んできた。』
『てっきり緊急事態と思い、前回の事もあったので、一刻も早くと思いスピードを出してきた。申し訳ない!』
『もうすぐに船は出ていく。』
『今度の救急患者の事で、キャプテンが早急に手伝ってもらいたいことがあるらしい。』

次々とそれらしい理由を並べたてて、そそくさと船内に消えた。
誘われるままに乗船し、操舵室にお邪魔した。
『30年前に同じような緊急入港で、あの時には大変お世話になりました』
と、漁労長は話し始めた。
『あれから今日まで、トラックの近海で操業する度に、末永さんの事を思い出していました。』
『今日は何としてもお会いして30年前のお礼を述べたたかった。』

漁労長は、30年前の出来事や私の事をとてもよく覚えてくれていた。
彼は私と同じ年齢で、その事もお互いを親しくさせていた。
あの時私は、船の世話をする余り、現地の代理店に『ビジネスの邪魔をするな!!』と怒鳴られていた。なかなか動いてくれない代理店の仕事ぶりにやきもきして、あれこれと手伝ったことが彼らのシャクにさわったらしい。
そんな懐かしい話をしているうちに1時間はあっという間に過ぎて行った。
30年前の彼の顔を思い出すことはできなかったが、1人の人の命を救ったあの時の出来事は、
少しづつ私の胸の中を支配し始めていた。

『きっとまたいつかお会いしましょう!』
固い握手を交わし、再開を約束してデッキを降りた。