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数ある媚薬の中に『惚れ薬』というのがある。辞書をひもといてみると、惚れ薬 ー 相手に恋慕の情をおこさせるという薬、とある。中でも『イモリの黒焼き』は、その手の媚薬としてつとに有名である。

実は、このチューク(トラック)諸島にはその『惚れ薬』なるものが今も存在する。チュークに伝わる『惚れ薬』はミクロネシア地方ではかなり有名なもので、チューク諸島だけではなく、グアム、サイパン、などでも密かに高値で売買されている。そして、この『チュークの惚れ薬』は、過去に何度も日本のTVに登場したこともある。

イモリの黒焼きは、その名の通り、イモリを黒焼きにしたもので、それを粉末にして使用する。製法は至って簡単明瞭である。それに対し、我らがチュークの惚れ薬は、一種の香水のような液体でその製法はとても複雑・怪奇である。魚介類、サンゴ、海草、植物、動物に至るまで、自然界から数十種類の材料を採取・調合して、極秘裏に精製される。その製法は一族、一族によって異なっており、先祖伝来の秘法が受け継がれ門外不出である。この惚れ薬が如何に複雑な行程を経由して作られるのか、大まかに説明してみよう。

まずは材料の採取である。植物からは、椰子の実や木の実、山野に茂る薬草・ハーブ、樹皮、などが使用される。これらを採取する時は、その植物の種類によって、あるいは、惚れ薬を誰が使うかによって、採取時間(日の出前、午前中、午後、日没後、夜間など)、採取場所(方向、山奥、平地など)、採取する人(子供、若い女、男など)、採取する時の呪文・念仏などが違ってくる。サンゴや魚介類・動物などの採集の場合も同様の手順を踏んで行われる。こうして採取された材料は、先祖伝来の道具を使って、秘伝の方法で液状の惚れ薬に生まれ変わる。

通常、惚れ薬は使用する本人が、自分の体や相手の体(衣服)などにさりげなくつけて使用する。チューク諸島の人達にとっては、この惚れ薬は絶大な効果があると言う。長くチュークに住んでいる私も、この惚れ薬によって生まれたカップルを沢山知っている。その中には、婚約してたカップルの仲を引き裂き、見事意中の人と結婚した女性もい居る。さらにアメリカ人男性を射止めた女性もいれば、その反対にアメリカ人女性を射止めた男性もいる。そして彼らは、『私は惚れ薬でこの人を射止めた』と公言して憚(はばか)らない。

変化や刺激が少ない南の島では、恋愛やその手の遊びは、彼らの日常生活の中でとても大きなウエイトを占める。そこでは、未婚、既婚の区別や制限、規制、などには左程左右されることもなく、とてもおおらかに、比較的自由に行われている。その遊びや恋愛、果ては結婚に至るまで、チュークの惚れ薬は彼らの恋のキューピットとして今尚大きな威力を発揮している。

彼らの生活・社会・思想は自然界の上に成り立っており、そこには様々な民間療法や呪い・妖術などが今も根強く生きている。惚れ薬が効力を発揮する裏には、これら彼ら独特の精神文化がある。彼らの生活環境のあらゆるところに『神』が存在する。山の神、海の神、魚の神、植物の神、木の神、草の神、動物の神、女の神、男の神、ありとあらゆるものに神が宿り、かれらの生活をコントロールする。
良いい神もいれば悪い神もいる。彼らは神の存在を信じ、神に感謝し、神を畏怖し、神の示唆を仰ぎ生きている。

ずっと以前、私は生後間もない自分の子供を無人島に遊びに連れて行ったことがあった。その時、彼らに猛反対された。『無人島の神がとり憑いて子供が病気になる』、『無人島の神がとり憑いたら、その無人島に行ってそこにある自然界のもので薬を調合して、子供に飲ませないといつまでも無人島の神は子供の体の中から離れない(病気が治らない)』というものだった。これが現代人だったら、『無人島なんかの過酷な場所に赤ちゃんを連れて行ったりしたら、赤ちゃんはきっと体調を崩して病気になるよ』と考えるところだろう。

彼らにとって自然は神そのものである。神が彼らに食糧を与え、神が彼らに罰を与える。神と自然は一体であり彼らの原宗教でもある。神々と共に生きる彼らの心にはこれからもずっと惚れ薬が生き続けることだろう。

神々の島・恋の島 

チューク諸島・末永卓幸