2009年06月

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チューク(トラック)諸島の中心の島・モエン島。
面積は、小笠原諸島の父島とほぼ同じ、約20平方キロメートル。
いつもは車で動き回っているこの島の、普段はめったに訪れない東端の村々までを、朝から8時間近くかけて、のんびりと訪ね歩いた。

道端に咲く名も知らない花々や、植物たち。
普段では目に触れない子供たちの遊びや動き。
島人たちの自然な生活ぶりが、心を和ませてくれる。

車で走っている時に気に掛っていた事。
車で走っている時には気付かなかった事。
歩いていて初めて見えて来る島の姿、・・・等々。

目に映る一つ一つの事柄がとても新鮮で、
興味深い事がいっぱいの、まさに目からウロコの島の散策だった。

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水平線に解ける海・・・。
鏡のような水面を疾走するボート・・・。

6月に入り、チュークの海は一段と静かになってきた。
こんな時には、ボートに乗っているだけても楽しい。
今週は、フィッシングのお客様をご案内して、連日海に出ている。

こんな時、いつも遭遇する海の姿がある。

その1つが、イルカだ。
昨日、チューク環礁の南側を出た途端に、イルカの大群に遭遇した。
一面の洋上にイルカが群れ遊んでいる。
ボートの周りを泳ぎまわるもの。
盛んにジャンプを繰り返すもの。
いつまでもボートについて遊んでいる。
フィッシングで環礁外の洋上に出ると、100%近い確率で、イルカの群れに遭遇する。
そんな時には、釣り人たちも、竿を持つ手を休めて、盛んにシャッターを切っている。

そして、もう1つのアトラクションが、トビウオだ。
私は、このトビウオが大好きで、水面から飛び出したトビウオが、再び水面に着水するまで、あきもせずいつも眺めている。環礁内で時々見かけるこのトビウオも、アウトリーフの洋上に出ると、いつもボートの周りを飛びまわっている。
思いっきり水面を叩いて、疾走するボートよりも早く、元気よく海面を滑走するその姿がとてもすがすがしい。
すぐに水面に没するもの。
いつまでも海面を滑走するもの。
そして、水面に没するかと思ったその時、ビビッと海面を叩いて再び滑走し始めるものもいる。
まれに3段跳びをするトビウオを見かけると、その日はとてもウキウキしている自分がある。

そして、今日、とてつもないトビウオ君に遭遇した。
いつものようにボートの周りを飛び回っているトビウオを眺めていた。
1匹の小柄なやせ型のトビウオが、ボートのふちから飛び出してきた。
いつも見ているまん丸に太ったトビウオとはちょっと違っていた。

海面に飛び出したこのトビウオ君は、1回、そして2回と、尾びれを震わせてまた静かな海面を滑空していく。おー、スゴイ! こいつは3回目のジャンプだ!
そう思って、今度は水中に没していくはずのトビウオを眺めていると、なんと、またもやジャンプを繰り返し、そのまま海面を飛び出した。『凄い、凄い!!』心の中で、何とも言えぬ感動とともに、そんな言葉を発していた。
そして、当然今度は水中に消えると思ったその瞬間、なんと、なんと、力強い5回目のジャンプを繰り返して、5たび空中を舞ったのだ。

過去に私が見た中で最長のジャンプでも、3段跳びが最高である。
それが、なんと、このイチローばりのトビウオ君は、5回ものジャンプを繰り返し、ボートのそばを滑空していった。
今日のフィッシングの釣果は芳しくはなかったが、このトビウオ君のお陰でとてもハッピーな1日となった。イチロー大好きな私は、このトビウオ君に『イチロー』と名づけた。
写真をお見せできないのが残念である。

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この大きなお鍋風の物は一体何??
正解は、お釜です。
チュークでは、最もポピュラーな釜の1つです。
チュークの人たちは大家族。
しかも、食糧作りは1週間分をまとめて何十人分も一度に作ります。
沢山のパンの実、タロイモ、タピオカ、など、この大きな釜で1度に茹でます。
それをモチ状に搗いて、葉っぱにくるんで保存します。

この大きな釜を抱えているお兄さんは、これからパンの実をゆでるために、近くの家から借りてきたところ。チュークでは、このように何でもみんなで助け合って生活しています。
これから作る沢山のパンモチも、親戚中に配って、みんなで食べます。

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一世を風靡した日立のコマーシャルに出てくる、この巨木。
そう、このチュークでもやはり気になる木である。
正式名を、『モンキーポッド』という。
お猿さんが大好きな木の実が成るところからこの名があると言う。
ネムノキの一種だ。
日立のコマーシャルに出てくるのは、ハワイで撮影したもので、
このチューク地方に生えているのもまた、ハワイから入ってきたものだと言う。

いつも通る道路沿いにちょっとした大きさのモンキーポッドがある。
枝幅の直径が38m、それでも樹齢は60年余り。
とても成長の早い樹だ。

そして、極めつけは、年齢不詳のこの巨木。
目に高さでの幹回りが12m。
そして、枝幅の直径が、なんと76mもある。
しかも、10年ほど前に落雷で1本の大きな枝を紛失している。
モエン島のジャングルに自生しているこのモンキーポッド、それ自体が巨大なジャングルを思わせる。
樹木の下からはこの巨木のごく一部しかカメラに入らない。
そのうちに、山の中腹からでもこの木の全容をカメラに収めたいといつも思っている。

私のチューク生活の中でも、いつも『気になる木』である。

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6月も半ばを過ぎた。
例年この時期になると、マンゴーはローカルの市場から姿を消してしまうが、
今年は依然として最盛期に近い状態で、ビニール袋に入ったマンゴーが山積みされて売られている。

大きなマンゴーの木の周りでは、子供たちが群がって盛んに石を投げつけながら
マンゴー取りに熱中している姿をよく見かける。
かつて、TVリポーターのギャオス・内藤がこの光景に出くわし、往年のプロ野球のピッチャーの技で
子供たちと一緒になってこのマンゴー取りに興じたことがある。
なかなかマンゴーに命中しないギャオスを尻目に、子供たちは次々とマンゴーを落としていく。
それもそのはずで、彼らは小さい時から毎年、毎年、マンゴー獲得の実戦で鍛えているのだ(*^_^*)

島中の子供達に、いつも美味しい味をプレゼントしてくれたマンゴーも、あとわずかで終わりを告げる。今日も車で走っていると、道路そばの大きなマンゴーの木から、美味しそうに熟れたマンゴーが、
ポトリと落ちてきた。
木の下で休んでいた女達が嬉しそうな顔で、我先にと落ちてきたマンゴーに駆けて行った。

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南の島の大切な食べ物、パンの実。
日本の人達には殆どなじみのない植物だが、南の島々では、椰子と並んで最も重要な植物である。

桃・栗3年、柿8年、、、

植えてから実のなるまでの年月を言い表す日本の言葉である。
この南の島にも、そんな例え通りに、結実までに様々な年月を要する植物がある。
そんな中で、桃と栗に相当するのがこのパンの実だ。

ヤシの木が、芽を出してから実がなるまで5年を要するのに比べ、パンの木はわずか3年で実を付ける。
(ただし、小さい種類のヤシの木は3年で結実する)
そして、ひとたび実が成り始めると、ヤシの木同様、木が枯れるまで毎年毎年沢山の実を付け続ける。
その収穫時期は長く、春から夏にかけてのほぼ半年間、島人達に大事な食糧を提供してくれる。
しかも、木によっては、12月以降にもう一度実を付けるものもある。

3年目、初めてのパンの実が成ると、チュークの人たちはその実は収穫しないで
パンの木の神様に捧げる。
そうして2回目以降、神様が自分たちに与えてくれた食べ物として頂くのである。

そして、今年は、このパンの実が大豊作で、どの木もどの木も枝もたわわに実をつけている。

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アワビ、サザエ、ホタテ、ツブガイ、・・・。
おなじみ日本の美味しい貝の仲間たちだ。

ところがドッコイ、この南の島にも美味しい貝達がたくさん棲んでいる。

まずは、皆さんよくご存じのシャコガイ。

小さなものは、『岩ジャコ』と言って、拳ぐらいの大きさのものから、
大きな物は、その名も、『オオジャコ』と言い、直径が1mを超すものもある。
2枚貝の代表選手だ。
特にオオジャコの殻は、古来より七宝の一つに数えられ、
現在でも、世界中の教会の聖水盤として重宝されている。

さて、そのシャコガイだが、通常、南の島の人たちの食料として好まれるのは、
岩ジャコやヒレジャコなどの小型~中型の貝たちである。
岩から貝を取り外し、その場で中身を刳り貫き、海水ですすいで食べる。
シャキシャキッとした歯ごたえと、海の香りが口いっぱいに広がり、
正に『海の幸』と言う言葉がピッタリだ。
ビールを積んでいないボートで、いつも悔しい思いをしている。

そして、私の好きな貝の1つにクモガイ達がいる。
クモガイ、スイジガイ、ラクダガイ、どれ一つ取っても、極上の肴となる。
無人島で、焚火の上にそのまま置いて焼くのもいいが、
それでは貝殻がダメになるで、いつもは家に持って帰り、茹でて身を取り出して食べる。
身を取り出した後の貝殻はお客様に上げたり、私のコレクションとなって、貝棚を飾ることになる。

クモガイ、スイジガイの身は、長さが5~10センチ位の大きさで、
細長いフタをつまんで、丁度いいおつまみとなる。
ほど良い歯触りと、甘みのあるイカのような味が、何とも言えず美味しい。
これが、ラクダガイともなると、その身もとても大きくて、人間の手のひらくらいになる。
これをステーキ風に切りそろえて食べる。
味はクモガイと同じような味だ。
歯触りのいいものから順に、やわらかい肉まで、そのバランスがまた何とも言えず素晴らしい。
1個で、ビール、2、3杯は軽くいけるだろう。

そして、ちょっと変わった貝で、スネークシェール、その名もヘビ貝だ。
小さなヘビの如くに、クネクネと曲がったその先端に、大きな穴状の口がある。
その口いっぱいに、丸いコロコリした身がいっぱいに詰まっている。
現地人は、特殊な道具を使ってこの貝の身を、取り出す。
サザエの刺身をもっと柔らかくした感じで、適度な甘さと潮の香りが何とも言えず美味しい。
以前、シャコガイのむき身と一緒にこのヘビ貝の身を和えて食べた事があるが、
未だあの時の感慨は忘れられない。

そして、最後がツマミガイ。
正式名は、マガキガイという。
『ツマミガイ』と言う名は、私が勝手につけた名だ。
この貝程、つまみに適した貝もないだろう。
大きさと言い、味と言い、その形容と言い、正につまみになるために神が造った貝かもしれない。
むき身の大きさは、2~3センチ。
クモガイのむき身と同じ形をしているが、うんと小さい。
この貝を大量に獲ってきて、海水で一度にゆでる。
鍋の中で、ニョロニョロと遊んでいた貝はそのまま身を出したまま昇天する。
あとは、1個ずつ身を取り出して、きれいにすれば、極上のオツマミの誕生だ。

これらの貝たちは、毎年チュークにやって来る友人たちへの、私のお決まりの献上物でもある。
そして、それを一番楽しみにしているのは、これまた私自信でもある。

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『 神々の島 ・ 恋の島 』 ― 惚れ薬と神様 ―

 数ある媚薬の中に『惚れ薬』というのがある。
辞書をひもといてみると、「惚れ薬」 ー 相手に恋慕の情をおこさせるという薬、とある。
中でも『イモリの黒焼き』は、その手の媚薬としてつとに有名である。
実は、このチューク(トラック)諸島にはその『惚れ薬』なるものが今も存在する。
チュークに伝わる『惚れ薬』はミクロネシア地方ではかなり有名なもので、チューク諸島だけではなく、グアム、サイパン、などでも密かに高値で売買されている。そして、この『チュークの惚れ薬』は、過去に何度も日本のTVに登場したことさえあるものだ。

イモリの黒焼きは、その名の通り、イモリを黒焼きにしたもので、それを粉末にして使用する。製法は至って簡単明瞭である。それに対し、我らがチュークの惚れ薬は、一種の香水のような液体でその製法はとても複雑・怪奇である。魚介類、サンゴ、海草、植物、動物に至るまで、自然界から数十種類の材料を採取・調合して、極秘裏に精製される。その製法は一族、一族によって異なっており、先祖伝来の秘法が受け継がれ門外不出である。
この惚れ薬が如何に複雑な行程を経由して作られるのか、大まかに説明してみよう。

まずは材料の採取である。
植物からは、椰子の実や木の実、山野に茂る薬草・ハーブ、樹皮、などが使用される。
これらを採取する時は、その植物の種類によって、あるいは、惚れ薬を誰が使うかによって、採取時間(日の出前、午前中、午後、日没後、夜間など)、採取場所(方向、山奥、平地など)、採取する人(子供、若い女、男など)、採取する時の呪文・念仏などが違ってくる。
サンゴや魚介類・動物などの採集の場合も同様の手順を踏んで行われる。こうして採取された材料は、先祖伝来の道具を使って、秘伝の方法で液状の惚れ薬に生まれ変わる。

通常、惚れ薬は使用する本人が、自分の体や相手の体(衣服)などにさりげなくつけて使用する。チューク諸島の人達にとっては、この惚れ薬は絶大な効果があると言う。
長くチュークに住んでいる私も、この惚れ薬によって生まれたカップルを沢山知っている。
その中には、婚約してたカップルの仲を引き裂き、見事意中の人と結婚した女性もい居る。
さらにアメリカ人男性を射止めた女性もいれば、その反対にアメリカ人女性を射止めた男性もいる。そして彼らは、『私は惚れ薬でこの人を射止めた』と公言して憚(はばか)らない。

変化や刺激が少ない南の島では、恋愛やその手の遊びは、彼らの日常生活の中でとても大きなウエイトを占める。そこでは、未婚、既婚の区別や制限、規制、などには左程左右されることもなく、とてもおおらかに、比較的自由に行われている。その遊びや恋愛、果ては結婚に至るまで、チュークの惚れ薬は彼らの恋のキューピットとして今尚大きな威力を発揮している。

彼らの生活・社会・思想は自然界の上に成り立っており、そこには様々な民間療法や呪い・妖術などが今も根強く生きている。惚れ薬が効力を発揮する裏には、これら彼ら独特の精神文化がある。彼らの生活環境のあらゆるところに『神』が存在する。山の神、海の神、魚の神、植物の神、木の神、草の神、動物の神、女の神、男の神、ありとあらゆるものに神が宿り、かれらの生活をコントロールする。良い神もいれば悪い神もいる。彼らは神の存在を信じ、神に感謝し、神を畏怖し、神の示唆を仰ぎ生きている。

 ずっと以前、私は生後間もない自分の子供を無人島に遊びに連れて行ったことがあった。その時、彼らに猛反対された。『無人島の神がとり憑いて子供がおかしくなる』『無人島の神がとり憑いたら、その無人島に行ってそこにある自然界のもので薬を調合して、子供に飲ませないといつまでも無人島の神は子供の体の中から離れない(病気が治らない)』というものだった。これが現代人だったら、『無人島なんかの過酷な場所に赤ちゃんを連れて行ったりしたら、赤ちゃんはきっと体調を崩して病気になるよ』と考えるところだろう。
 彼らにとって自然は神そのものである。神が彼らに食糧を与え、神が彼らに罰を与える。
神と自然は一体であり彼らの原宗教でもある。神々と共に生きる彼らの心にはこれからもずっと惚れ薬が生き続けることだろう。

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