ワイバー工事


長年の念願だった光ファイバーがついに我が家にもやってきた。
光ファイバーが入ると聞いてから、今日までおおよそ2年間、待ちに待った瞬間がついにやってきた。
日本に行ってて留守の間に、我が家の周辺にも光ファイバーが入ってきたという情報をキャッチした。
島の南側から順番に工事が進んでいると聞き、電話局を訪ね、事情を聴いていると、
「スエナガの家にも行ったが、留守だった。今日、家に居るなら工事に行くよ」と言うではないか!
何はさておき、家に直行。
ほどなくラインマンのテクニシャンが2人、家にやってきた。
屋内配線はすでに10月に終了していたので、30分ほどの工事で全て完了!
試しにインターネットを開けてみると、速い速い!!
当たり前だが、瞬時のうちに画面が替わっていく。
ユーチューブも画像もスムースに流れていく。
事、インターネットに関しては、これでチュークも文明国の仲間入りだ。



 

遺族会ガバナーオフィス
遺族会学校訪問
遺族会合同慰霊祭

ミクロネシア連邦チューク州(トラック島)。
太平洋戦争中、日本海軍の一大基地が設けられた所だ。
最盛期には100隻に迫る艦船軍、6万人に及ぶ日本軍が結集した。
終戦の1年半前、トラック環礁はアメリカ軍による未曽有の大空襲を受けた。
広大なトラック環礁内外で100隻に近い日本の艦船が沈められ、1万人以上の方達が命を落とした。
今も多くの遺骨がトラック環礁の海に陸に眠っている。

先週、このような父を亡くしたご遺族の方達がトラック島を訪問した。
幼くして父と別れ、あるいはまた父の顔を見ることもなく、写真の中のお父さんを見つめて、母と共に激動の戦後を生き抜いてきた方達だ。
彼らの父もまた、トラック島の海に眠っている。
1人、1人、父の眠る場所を訪ねて積年の想いを父に伝える。
涙がこみ上げ言葉にならない。

全ての慰霊を終えトラック島を発つ日、すがすがしい気持ちで現地の小学校を訪問した。
日本から持ってきた学用品、スポーツ用品などをプレゼントし、記念の植樹をする。
子供たちの無邪気な歓迎を受け、自然と顔もほころぶ。

空港に向かう皆さんの顔はどなたも一様に爽やかだった。






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先週の日曜日(6月16日)「世界の果てまでイッテQ」で、ミクロネシア・チューク / ポナペが放映された。
イモトさんとのダジャレの応酬がちゃっかり放映されていてびっくり!!

以下にその時のミクロネシア編をyoutubeでご紹介いたします。
見れなかった方、ごゆっくりとご鑑賞下さいませ。

https://www.youtube.com/watch?v=66PIagLnrKE
イッテq 190616 - 2019年6月16日 Part 2/2

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6月16日(日)「世界の果てまでイッテQ」で、チューク & ポンペイが登場します。ぜひご覧ください。

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今、ミクロネシアは卒業式シーズン真っ盛り。
幼稚園から高校まで、連日どこかの学校でにぎやかに卒業式が催されている。
そしてこの卒業式には必ず両親親族、友人などが出席する。
どんなに重要な仕事があっても、仕事は後回しだ。

つい先日も、日本からのある重要な使節団が訪れたが、ミーティングのスケジュールが子供の卒業式に重なったため、急遽変更になった。またある時、小型機のチャーターをしていたのだが、急遽、飛行機のキャプテンからキャンセル通知が届いた。
よほどの急用と思いきや、なんと「子供の幼稚園の卒業式があるので、飛行機は飛ばせない」とのお達し!


かつて私も、3人の子供が学校に通っていた時代があった。
奇妙なめぐりあわせで、いつも子供の卒業式の折にはツアーの仕事が入っており、ついぞ子供の卒業式に出席することは叶わなかった。そんな折、いつも現地の友人たちに皮肉たっぷりに言われたものだ。
「スエナガ、お前は家族よりも仕事が大事なのか?」
そう言う彼らは、どんなに重要な仕事が入っていようが、子供の卒業式には仕事をほったらかしてでも出席する。

正に彼らの卒業式は彼ら一族にとってとても重要な催事である。
そしてそれはまるでお祭りのごとくに、親戚家族や友人たちを巻き込んでとても賑やかに行われる。
卒業式が終わると、各家庭はもちろん、ホテルやレストランなどでも大規模な卒業式のパーティーが次々と催される。
彼らの卒業式は、単に子供が学校を卒業するという事だけでなく、一族のきずなを強め確かめる意味でもある大きなお祭りなのだ。

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